2017年最後のサロン、そしてクリスマス会
H29年12月9日の街角サロンは初参加の方が3名でした。シリコンが保険適用になって以来、サロンにいらっしゃる患者さんは7~8割がシリコンを選択していました。が、この1年は自家組織に心が傾くという患者さんも増えてきて、今では半分半分でしょうか。どちらが良いかは病理や体質、術後の安静時間を守れるかどうかによりますし、加えて運命を定める大きな要因は、どのような形成外科医に出会えるか、かもしれません。
太田の県立がんセンターは地の利もあり、群馬県外の患者さんを多く受け入れています。乳房再建も実績を重ねていて、切除+エキスパンダー挿入から、シリコン、自家組織のいずれも選択可能です。しかし最近は乳がん患者さんが増えていることもあって、エリア内の他院を紹介され、そこで『全摘手術と治療』をきちっと終えてから、再建の病院を選ぶ患者さんもいらっしゃいます。再建についてじっくり考える時間が与えられるのは、良いと感じます。ただ、『切除と治療』のみを行う乳腺外科では、再建するのを計算に入れて、傷の位置を配慮していただけるのでしょうか。乳房の下垂した部分に傷痕を作っておけば、そこからエキスパンダーを入れられるので、完成したとき、傷は再建乳房の下に隠れます。けれど、どこに傷を作るかは、どこにしこりがあるか、によるのでしょうか? 知識のある方、教えて下さいませ。
明るいニュースが入ってきました。以前にこのコラムでも紹介したことですが、「乳房本体の再建を終えたあと、担当医師が定年で病院からいなくなってしまった、乳輪乳頭のみ作製してくれる所がなかなか見つからない」。そこで情報を募ったところ、『渋谷の森クリニック』のHPをお知らせいただきました。ごく最近、そのクリニックで乳輪乳頭のみを作製した患者さんがいます。年明けになると思いますが、詳しいお話をお聞きしたいと思います。またこちらのコラムから公表できれば嬉しいです。
また、『美香子先生』のブログに、医師の勧める施術、患者の求める施術の分かれ道について詳しい例がありました。乳輪乳頭作製を考えている方の参考になるになると思います。
難しい世の中です。高木美香子先生のお仕事が、様々なジャラシー、妨害から、護られますように。
サロンの後はクリスマス会でした。シェ・スナガでいただいた忘れがたいお料理を記録しておきます。
初めの熱いグラタンには、ふっくらとジューシーな牡蠣が5つも入っていました。前菜は大きなお皿。とろけそうなお肉の煮込みがマドレーヌ型の包み焼きの中にあって、サラダの上には刺身の大海老が威風堂々。味付けしてあるマグロのトロまで添えられていました。イカスミのペンネは、噛むほどにビールが美味しく、『仏』、『和』、『伊』が楽しめる大皿の前菜でした。
香ばしい匂いのゴボウのポタージュ。お料理が美味しいから話も弾みます。
メインの牛ヒレは素材優秀で柔らかく、照り焼きテイストをベースにした微妙なソースと、わさびのゆず胡椒のハーモニーでした。
美味しいもの食べさせたいというシェフの思いが伝わります。皆、それぞれの日常に重荷や哀しみを抱えていればこそ、このような『ハレ』の日が輝くのです。
ストロベリーソースのかかったショコラは自家製の生ケーキでした。最初から最後まで芸術品を堪能しているかのように、心が洗われるお食事体験でした。ロングサンドホテルのレストランは凄い穴場です。
(シェフが1人で頑張っているので、お電話してから行くのが良いでしょう。詳しくはHPで)http://longsand.jp/montdor/index.html
※あちょさんはこのホテルの一室でプリザーブドフラワーのお教室を開いています。
終わりの珈琲タイム、ギリギリに駆けつけたのが再建後間もないXさんでした。二度のくりぬき温存後、三度目の悪性が発覚した経緯がありました。放射線がかかっていたために再建は難しい手術だったのです。彼女は慎重に医師を選んで、自家組織で再建を果たしました。
その経験談が会の締めとなり、くじ引きで当たったあちょさんプリザーブドフラワーや沼田のリンゴを土産に、満点の星空の下、流れ解散でした。
乳房再建する人は、例外無しにがんの告知を受け、『死』の恐怖を味わっています。その経験がなければ、このような幸福なひとときには出会えなかったでしょう。
アルフォンソ・デーケンがその著書『旅立ちの朝に』(平成2年新潮文庫)の中で、トーマス・ウルフの文章を引用しています。
『このようにしてぼくたちは、ともに歩むべき道の果てまでやってきました。ぼくの物語は終わりました―――だから、さらば、ごきげんよう。
しかし、ゆくまえにただもうひとこと申しあげたいことがあります―――
何ものかが、夜に、細りゆく年のろうそくを燃やしながら、ぼくに語りかけました。何ものかが、夜に、ぼくに語りかけて、そしていったのです。おまえは死ぬだろう、どこで死ぬかはおまえにはわからないが、と。そしてこういうのです―――
『今おまえの知っている大地を失って、より偉大な理解を獲得すること、今の生命を失って、より偉大な生命を得ること、愛する友を失って、より偉大な愛を手にすること。故郷よりもいっそうやさしく、大地よりもいっそう広大な大地を見いだすこと―――
『―――その上にこそ、この世の柱は建てられ、その方向にこそ、世界の良心は向かっているのだ――― 風はたちつつあり、川は流れるのだ』と。(『世界人生論全集七』筑摩書房、 1962 大橋健三郎訳)
そのような川の流れをいつの日か見ることが出来たなら、この夜のお料理や皆さんのニコニコ顔を、水面に映して見ることができますように。
多くの人々への感謝の思いに彩られ、2017年最後の街角サロンが終わりました。
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