---エキスパンダーで感染、抜去--- Tさんにインタビュー
2017年8月、自家組織(穿通枝皮弁)による乳房再建を経験したTさんの手記の一部を、インタビュー形式にまとめました。
全摘手術と同時に、エキスパンダーを挿入したが、感染の症状が疑われたため、抜去した。その過程をレポートします。
第二子出産後(20歳台後半)、左胸にしこりを感じるようになりました。以来24年間、検診のたびに良性の乳腺症と言われ続けてきました。その部分が陥没して痒みを感じるようになり、針生検を受けました。組織に針が食い込んで、なかなか抜けなかったほど、しこりは固くなっていました。その結果は悪性、浸潤性小葉がんでした。2016年3月のことです。
告知を受けたとき、多くの人は頭が真っ白になったと言いますが、Tさんはとても冷静でしたね。看護師というご職業のおかげでしょうか。
あらかじめ覚悟というか予感のようなものがあった気がします。がん患者として生きてゆくことが、新しい経験として自分に課せられる・・・・・・・。告知された自分を、もう一人の自分が見つめているようでした。
乳房温存手術を受けられた。初めの術中迅速処理診断では、がんが取り切れているとされたのですね。
はい、【温存手術】は 2016年5月のことです。術後6日で無事に退院しました。その後、放射線治療と仕事をどう両立させようか、と気持ちは前向きでした。ところが術後一ヶ月、詳しい病理で、断端陽性(残した乳房内にがん細胞が残っている可能性が高い)であることがわかったのです。その時ばかりは動揺してしまって、病院から無事に車を運転して帰れるかどうか、心配でした。
断端陽性が判って、医師からその後の治療の選択肢を示されましたか。
三つの選択肢がありました。
1 放射線をかけて様子を見る → 転移が怖い。
2 セカンドオピニオンをとる → 結果はおそらく同じだろう。
3 全摘して乳房の再建という方法もある。
全摘して再建、という方法は、医療の仕事に就いている友人からのアドバイスでした。
乳房再建は新しい経験ですし、再び踏み出してゆく覚悟が備わりました。
二度目の手術 【全摘+エキスパンダー挿入】は 2016年8月のことでした。
温存したけれど、結局はがんが取り切れていなかった。そこで全摘してエキスパンダーを入れ、皮膚を伸ばしてからシリコンか自家組織で再建し、無事に『完了』となるはずだった。ここまではよくあるケースですけれど。
本題に入ります。
シリコンで被膜拘縮を起こす例は知られていますが、エキスパンダーも体にとって異物であることに変わりはない。やはり、まれに受け付けない体質の方がいらっしゃいます。例を挙げると、岩平Dr.の元では、感染症を起こしたらエキスパンダーを抜去し、その後、傷が落ち着くまで待って、再度挿入する。ただし二度までが限度だと聞きました。
しかしTさんの場合は、果たして体質の問題だったのでしょうか。看護師として長く働いてきたご経験から、とても綿密に記録を残していらっしゃいますね。
乳がんの手術を受けた方ならご存じですが、術後、体からの廃液を吸い取るために、腋からドレーンが二本出ています、その廃液を溜める四角いパックは、初めはペッタンコの真空であるべきです。陰圧がかかっているからうまく廃液を吸い出せるわけですが、それが途中から片一方だけ、廃液を捨てても、パンパンに膨らんでいる状態でした。
そもそも素人にはそれが異常だとは、わからないかもしれませんよ。
そうですね、何らかの不具合が生じて陽圧になっていたのでしょう。ばい菌が体内に逆戻りしてそれが原因で感染症を起こした、とも考えらます。
話しは前後しますが、術後、意識がはっきりしてからTさんは片
方のパックがおかしい、とすぐに気づいていらした。看護師ならではの観察力でした。
それが災いしたのです。同業なので、看護師を信頼したい、うるさい患者だと思われたくない、という遠慮あり、逆に言いづらくて。
病院では「全身管理は乳腺外科で、傷については形成外科で」と
の役割分担だったでしょう。
廃液を貯めるパックがおかしい、ドレーンの付け根がいつまでもジクジクしている、というのは、外科の責任だったのか、エキスパンダーを入れた形成外科の責任だったのか。その曖昧さが盲点だったと、私はつい推察してしまうのです。
付け根がジクジクしていて不安な時、外科の診察があって「おっとこれは形成外科の分野だ、ボクは触っちゃいけなかったんだ」、と先生がすぐに退室されたことがありました。寂しかったです。
お優しいのよ、Tさんは。その時、ぎゃーぎゃー騒げば良かったのに。それから?
ジクジクして紅くなっているから、感染症を起こすといけない、早くドレーンを抜いてしまおう、ということになったんです。挿入してから7日目くらいだったでしょうか。ドレーンもパックも廃棄されてしまった。その時、「証拠が消えてしまう、これで良いのかなぁ」と思いました、でもドレーンが抜けて身軽になったことの方が嬉しくて。
ドレーンが抜けると、本当に嬉しいんですよね。色々な不安が消えてしまうくらい、ホッとします。自分の時のことが思い出されます。
※Tさんの思いは、病院の責任を問うという方向とは、ほど遠いことをお断りしておきます。乳がん患者さんにこのようなケースもあると知っていただきたいため、感染症に至る経過を明らかにしました。
エキスパンダーが入っているお胸にはっきり赤味が見えたのはいつですか。
ドレーンを抜いて数日後、不安を抱えての退院でした。退院当日には、もう赤くなっていました。
ここから先、自撮りの患部のお写真がどんどん生々しくなってゆく。
退院してから、熱感を持って真っ赤に腫れ上がったお胸にアイスノンをあてて眠った。アイスノンがずれるともの凄く冷たかった。その頃のメモに、とても迫真力があります。
一時の炎症かアレルギーに過ぎないものだったら良い、次第に治まってくれれば、という必死の思いでした。
炎症が治って、このまま再建できるか、それとも抜去になるか、その不安は察するに余りあります。
外来でしばらく様子を見ていた形成の医師に「抜去しよう」、と言われ、ショックでした。入れたり出したりと、簡単な話しではない。「わたし、クマのぬいぐるみではないんですけど」と叫びたかったです。
この時点ですでに温存、全摘の手術を二度経験されている。そして三度目にエキスパンダー抜去。半年の間に三度全身麻酔の手術をしなければならなかったのですね。
はい。乳腺外科のドクターに抜去する事を伝えると、とても驚いて、「(エキスパンダーを入れた)形成の医師はあなたより、もっとショックを受けていると思うよ」と言いました。それが不思議と胸に食い込んだんです。形成の医師のことが可哀想になりました。それで自分の気持ちが治ったのかなぁ。
ごめんなさい、笑ってしまって。今のはお人柄がにじみ出た一言です。加えて、きっと再建担当の形成外科医は、誠意のある親身なタイプだったのでしょうね。
ええ。古い戦友のように感じています。素敵な良い先生ですよ。思い切って聞いてみたら、乳房再建の経験は私で10例目でした。
たった10例目・・・・・・・。いえ、呆れるつもりはありません。1000例を誇るベテラン医師にだって、初めての手術を経験したのですもの。
ところで、肝心なことですが、エキスパンダー抜去の後、自分のお胸を見ていかがでしたか。
しぼんだミカンがつぶれたようでした。それを見た瞬間、「ああ自分は乳がんなのだ」と強烈に感じました。どん底を味わったのはこの時でした。
苦しく寂しく、心細かったでしょう。感染症を起こして、抜去せざるを得なかった患者さんは皆、同じ思いなのでしょうね。
すぐには立ち直れないほどのダメージを受けるかもしれない。
その後の予定はすぐに相談されましたか?
もう一度エキスパンダーを入れ直すか、自家組織で一気に移植再建をしてしまうかを自分で決めるように、と。
いずれの方法をとるにせよ、内傷が治るのを半年は見なくてはならない、と医師に言われました。結果的には10ヶ月かかったのですが。
10ヶ月ですか。鬱々としてくる、心理的に危険な時期ですね。でもこの時を待たずに、強引に次の方法で再建に取りかかっても、あまり良いことはないと聞きます。待つしか無い時間だったのですね。
いてもたってもいられない。じっとしていられない時期でした。だから、せめて勉強しました。山梨(SOG)の都内(KSHS)や講演会に出かけてゆきました。
SOG講演会で、Tさんは積極的に質問されていました。あれが初対面でした。自分と同じ遠い群馬から来ている人がいる、驚きました。
その後でした。シャロン前橋の街角サロンに参加したのは。
その『つぶれたミカンのような患部』を、サロンの場で見せて下さいましたね。伸びた皮膚が縮んで戻るというより、伸びた部分がよれて癒着してしまうのだと、重要なケースを目の当たりにしました。それを見せて下さるTさんに、「同じ患者仲間の役に立つなら、ぜひ協力したい」という思いが自然に備わっているのを感じました。内面にどれだけの苦しみがあっても、Tさんの表情はひょうひょうとしていて明るいんです、それで私たち、どれだけ救われたことか。
このサロンに来る前、「チアウーマン」という乳がん患者のネット上のコミュニティにも参加していました。早いうちにこのような患者仲間の中に入っていたら、気持ちはもっと楽になっていたと思います。
『チアウーマン』にも沢山のエールが届いていましたね。プライバシーはきちんと守られるし、素晴らしいコミュニティサイトです。
何故再建したいのか、その気持ちをもう一度整理してみました。
1 自分自身が乳房再建という経験をしてみたい。
2 経験したことを他の人に伝えたい。
3 温泉に行った時など、肩からタオルをかけなくて済む。
今生をより深く豊かに生きたいと言う、ライフスタイルがベースにあっての動機だと思います。
これだけの手記をまとめるには、大変な労力と時間を費やされたことでしょう。ありがとうございました。
シャロンHPに記載した質問アドレスは現在、使用していません。詳細をお知りになりたい方はhdnfn138@yahoo.co.jpまでメールを下さい。
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