乳がんとアロマ精油


 乳房の切除や再建手術のあと、長時間過ごす病室には薬液や包帯、シーツなど、色々なものが匂っています。抗がん剤治療の点滴の匂いも特有でした。アロマを知っていたらずいぶん気分が和らいでいたのだろうに、と今になって思います。

 先日、ある福祉組織の主催で、高齢者ケアのためのアロマオイル講習を受けました。認知症の進んだ私の老親が、介護士さんを引っ掻いたり平手打ちした後、無邪気に笑うのは毎度のことで、それは過激なスキンシップを求めているからなのです。アロマでハンドマッサージをしてあげれば喜ぶかな、というが参加の動機でしたが、講習会で教えられた事はとても新鮮でした。

 相手の手のひらにアロマオイルをすり込む程度のことではなく、それは香り(自然)に促された、人間同士の感触の交換でした。まずオイルを染み込ませた自分の両手で相方の手のひらをそっと包み込み、交わりが始まります。次に手首から肘にかけて、自分の持つ良い「気」が相手に伝わるようしっとり圧をかけてマッサージ。この時、相方の皮膚の感触にハッとしました。自分以外の人間の皮膚が可哀そうなくらい頼りなく、また滑らかだったり、ゴワゴワしていて手強かったり、伝わる体温がとっても熱かったり、冷っこく感じたり、当たり前のことなのですがそれが切ないほどに百人百様なのです。

 手のひらを丁寧に揉みほぐして終わりですが、そこでいきなり手を離してはいけません。再び自分の両手で相方の手のひらを熱く包み、指先からゆっくりサヨナラするように抜いてゆきます。

 次に施術される側の経験をしました。マッサージしてくれる相手が疲れてしまうのでは、と心配になり、なかなか脱力できません。「○○さん、目を閉じてみて」と言われ、視界をシャットアウトすると、香りは深く体に浸透し、相手に身を任せる安楽を享受できました。

 ハンドマッサージは他者の皮膚感覚を知りつつ、程よい距離を保って尚、相手を尊重するという、云わば大人になるための『通過儀礼』に似ているのかもしれません。

 乳がんのホルモン療法の副作用で、鬱に苦しんでいる患者さんと話してみると、自分だけの「感じ方」に埋没しているのが悲劇的だと思います。そういう患者さんにもいつか上手なマッサージをしてあげられたら、と今後の課題が増えました。

 高価なイメージのアロマ精油ですが、私は10ml瓶を、300円台(通販)で買っています。無印良品も可。百均は不可、とのこと。ラベンダーのおかげで睡眠導入剤は半分で済むようになりました。眠りが深くなります。安価なものは品質保持期間が3か月から半年なので、惜しげなく使い切ってしまいます。

 鼻から入った香りは1分で全身を巡るそうです。妊産婦やワーファリン(血液をサラサラにする薬)を飲んでいる人には、経血を促すローズマリーなどは危険です。これからアロマに親しむ方は、そのリスクも十分に調べてからお使いくださいね。

敬愛するがん友、あちょさんのブログ『ついに私も乳がんサバイバー?』にも、「乳がんの人の心と体に 素敵にアロマテラピー」(2012年保健同人社刊)が紹介されていました。患者さん以外の方にもお勧めできる詳しい良書です。

 認知症を防ぐローズマリーとレモンのブレンドがテレビで紹介されると、購入者が殺到し、一時期、国内からそのアロマが消えたそうです。しかし好みは人それぞれ。ローズマリーのクセのある香が逆にストレスになるので、私の朝はもっぱらグレープフルーツ(ホワイト)とレモングラスのブレンドです。

 ひと頃、「お花の言葉を聞き分ける研究会」なるものがありましたが、わざわざ言葉を待つまでもありません。庭でハーブを育てている人が言うには、ものすごい繁殖力だそうです。どれも葉がしっかりとしていて、花も明るくしぶとく、その逞しさゆえに人を元気にしてくれるハーブ、アロマ。
 人の手を借りなければ生きられない孤独な高齢者はもちろん、本当の人肌を知らないインスタントセックスの世代、そして何より乳がん闘病中の女性達に広まってほしい、自然からの素晴らしい贈り物です。

[乳房再建ネットワークシャロンm」HP http://charon.webcrow.jp

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