[穿通枝] 術後の記憶


 私が再建していただいた「作品」は、結果を見れば成功例です。しかし手術は15時間に及びました(穿通枝皮弁による乳房再建の手術は6時間前後とされています)。

血管が容易につながらなかったのです。腹部から採った血管が直径0.7ミリで、受け入れ側の胸の血管が0.3ミリ。ドラム缶に水道管をつなぐようなものでした。
血流を確保しなければ、脂肪を移植し形を整えたとて、ふくらみは溶けて消えてしまいます。

形成外科のS医師は直径0.7ミリの血管をYの字に裂いて、細い方の血管二本と吻合し、さらに足の甲から七本の静脈を採取して、複雑な血流のルートを作りました(簡潔に書いていますが、天才のなせる技です.業界内の反発を避けるため、ご自身も周囲も声を大にして「天才」と云いませんが)。

 名を呼ばれ麻酔から醒めた瞬間、「○〇さん、無事に済んだのだから、余計なことを考えてはダメだよ」と、もう一人の医師の声が聞こえました。

 ナーバスになってしまうと血流が滞るのでしょう。心の持ち方が微妙に手術の結果を左右するのを、熟知しているが故の警告で、それこそ血の通った力強い響きがありました。

 しかし「余計なことを考えるな」と言われても、術後の一夜は辛いものです。眠れぬ頭に浮かぶのは、過去に犯してきた過ち、多くの人を傷つけても気づかずにきた自分の心の問題や、哀しみ、罪悪感でした。これから絶対安静の48時間、身動きできないまま、この責め苦が続くのか。そうだ、それを乗り越えなければこれからの人生を、自分は生きられないのだ。
 たかが乳房再建、されど再建。自分にとっては、それほど内面に深く関る、また、未来を動かす人生の一大事業でした。

 朝陽に包まれた頃、ベッドサイドにS医師が立っていました。「良く頑張りましたね」との言葉は光そのものでした。
 医療チームは真夜中にたたき起こされ、再手術することになるだろう、と覚悟していたそうです。でも、一夜明けたあと計測器から響くのは、大河の上流がしぶきをあげるような勇猛な血流音でした。

 それから1年4カ月後、一冊にまとめた再建の手記を、S医師に進呈しました。
「読んでいて、あの手術を思い出した。苦しい手術だった。どんなに苦しくとも投げ出すわけにはいかなかった」。
 すべての患者にベストを尽くす医師です。

 今、再建に向けて迷いのある方、決意を固めながらも病院選びに悩んでいる方、どうぞ妥協しないで下さい。再建手術は医師と患者のコラボです。

周囲が何といおうと、乳房再建はそれぞれの人生に通底する重みがあると思うのです。人生に生き直しが許されているように。
万一再建の結果が失敗作になったとしても、もう一度慎重に医師を選びさえすれば、あるいは時間をかけてじっくり方法を考えれば、修正手術もまた可能ではないでしょうか。

乳房再建ネットワーク「シャロンm」のHP http://charon.webcrow.jp





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